呑む人の心を酔わすのは

この酒に懸ける深い愛

秋田県横手市大森町にある酒蔵「大納川」。甘くてキレる酒、と名高いその味わいは、地元民のみならず全国各地にファンが多い。ブランド展開は「大納川」「天花」「大森」「山内杜氏」の4つ。この道27年の佐藤好直杜氏を筆頭に、蔵人全員で酒造りに挑む。

消えかけた灯を復活させたのは　酒造りへの並々ならぬ熱い想い

秋田県横手市大森町にある「大納川」は、1914年（大正3年）の創業以来、地元民から深く愛されている酒蔵だ。
秋田県有数の豪雪地帯・横手盆地の北西にあり、保呂羽山から流れる雪解け水と蔵のすぐ傍を通る大納川の水源に恵まれる。軟水でミネラルが少なく長期低温発酵に適した清廉な仕込み水と、山内杜氏伝統の秋田寒仕込みで醸される味わいは、雑味のない甘くてキレのある至極の逸品。

建物は改修を重ねながらも当時の趣を色濃く残し、この場所で脈々と受け継がれてきた伝統の尊さを感じずにはいられない。天からの授かりもの「蔵付き酵母」が取れるのも、歴史ある建物ならではの賜物だと言える。
この蔵では、事務も営業も、社長でさえも、全員が酒造りに加わっている。酒造りに立場など関係なく、時には社長自ら車を走らせ水を汲みにいくことも厭わない。
蔵人全員の愛と誇りの賜物、それが大納川なのだ。

消えそうな灯は再び　蔵人たちの愛と誇りで蘇る

今でこそ勢いづく大納川だが、数年前、売上が低迷し経営危機に直面。蔵人はたった4人、生産量は150石にまで落ちていた。誰もが蔵を閉じることを覚悟しなければならなかった。
「どうしても、蔵の灯を消したくない」
地元民や蔵人の想いを受けて、経営再建の救世主として白羽の矢が立ったのは、当時酒造グループ経営を始めたばかりの田中文悟氏。

ただ、蔵を見た田中氏は予想以上の惨状に言葉を失った。
想像以上の蔵の汚さ、設備の悪さ、経営状態の悪さー。最初は断ることも考えたと言う。
しかし、大納川には状況を凌駕するほど強く深い、蔵人たちの愛があった。その最たるは、杜氏を務める佐藤好直氏の自信と、「酒造りを続けさせて欲しい」という真っ直ぐな想い。そして何より、大納川の確かな味わいに惚れ込んだ田中氏は、新たな舵を切る事を決意する。

売れなかったのではない　売り方が悪かっただけ

そして2018年、再スタートを切った大納川の挑戦は目覚ましい。
これまで本醸造と普通酒メインだったラインアップをすべて純米酒に切り替えた。
乱立していたブランドは「大納川」「天花」「大森」「山内杜氏」の4つに絞り、ターゲットを明確化。
瓶を手にとる瞬間から楽しんで欲しいとラベルの文字をなくし、それぞれの酒をイメージしたワンポイントのイラストに特化した。「中身の見える酒」を目指そうと、蔵人が考えたコメントも面白い。
設備投資や工程増加の負担は避けられないものの、酒造りへのこだわりや蔵人たちの愛を全面に押し出すことで消費者にアピール。さらに元々備えていた酒造りの技量の高さも相まって、売上は順調に回復の兆しを見せる。

蔵に活気が戻る中で、変わらないものはただ一つ、蔵人たちの酒への想い。酒造りを牽引する杜氏・佐藤好直氏は自身のこだわりについて次のように話す。
「私が目指すのは、米の旨みをしっかり味わえる、甘くてキレのある酒。秋田県の水は軟水が多く、ここ大森町も出羽丘陵地帯で柔らかい水に恵まれています。軟水だとミネラルが少なく、酵母の影響も少ない。つまり長期低温発酵に適しているので、雑味のないクリアな味わいを醸し出せるのです」。

通常、甘いとキレは相反するように感じるだろう。だが、佐藤氏はこう語る。「甘すぎるとずっと口に残り、キレる酒というとさっぱりとした印象でしょう。私が目指すのは、米の旨みを感じながらも、後味はすっきりとキレる酒。どんどん飲みたくなる味わいを目指しています。そして、一口目に飲んだ時のイメージをずっと大事にしたいというのも、私のモットー。酒蔵に訪れるお客様が試飲をすると、『すごく美味しい！』と驚かれる方が多いのですが、その瞬間をできるだけ長く味わっていただきたいのです。そのために、酒を造る工程はもちろん、瓶詰め、出荷のスピードにもこだわっていかなければなりません」。

最近では、お酒が飲めない消費者に向けた低アルコール商品も開発。低アルコールの日本酒は発酵管理や酒質を保つのが非常に難しいと言われている中、大納川ではすでにアルコール度数8%の商品を売り出し、幅広い年齢層から好評だ。

今後も受け継がれてきた伝統は守りつつ、時代のニーズを反映した新しい風も取り込んでいきたいと話す佐藤氏。

酒造り一筋、27年。
優しさの中に強い芯を感じる佐藤氏のあり方は、大納川そのものだ。甘くキレのある味わいで、これからも私たちの心を酔わせていく。