世界を駆けよ、地元が愛した嬉野の「虎」
山頭火の足跡残る歴史深い温泉郷の蔵
創業は明治元年(1868年)。清酒造りの伝統が息づく佐賀の地で、地元に長く深く愛されてきた井手酒造が、いよいよ「わが子」を世界に送り出す。
放浪の俳人をも唸らせた佐賀嬉野の銘酒「虎の児」
佐賀県は九州の北西部に位置し、南部から東部に広がる佐賀平野は九州における重要な穀倉地帯として広く知られている。
佐賀県の酒造りの歴史は鎌倉時代(12世紀後半~14世紀前半)にまで遡る。江戸時代末期(19世紀)には、佐賀藩10代藩主・鍋島直正公の奨励により、清酒造りが盛んになった。
穀倉地帯という地の利を生かし、ふくよかな米の旨みを残す醸造技術が発展。九州の甘辛い料理に合う食中酒として、佐賀の日本酒はその確固たる地位を着々と築いてきた。米の甘味と芳醇な香りの調和が素晴らしく、国内外でたびたび高い評価を受けている。
明治元年(1868年)創業の井手酒造が蔵を構える佐賀県嬉野町は歴史の古い温泉街だ。ナトリウムを多く含む重曹泉は美肌の湯としても名高い。
井手酒造の佇まいは歴史の息吹を感じさせ、山々に囲まれた盆地の豊かな自然が、創業から受け継がれるこだわりの酒質を支えている。
井手酒造の看板銘酒「虎の児」。これには放浪の俳人・種田山頭火(1882-1940年)も魅せられたといい、彼の旅行記にも「たらふく飲んだ『虎之児』よろしい」と記されている。井手酒造の店頭には山頭火の句が刻まれた句碑が鎮座し、その所縁の深さがしみじみと感じられる。
虎はわが子への思いが非常に深い生き物だ。虎がわが子(児)を愛するように長く愛飲してもらいたい、そして千里を駆ける虎のように、その名が広く永く轟いてほしい。そんな思いで名づけられた銘酒「虎の児」は、放浪の俳人のみならず、地元・佐賀の人々にも長きにわたって愛されてきた。
春夏は茶農家、冬は造り酒屋。女性社長とベテラン杜氏がこだわる「チームで醸す酒造り」
井手酒造の現代表は6代目・東敦子氏。日本酒の蔵としては珍しく、直近3代にわたって女性の代表が続いているという。
「子どもの頃から見てきたので、造り酒屋の大変さはよく分かっていました。でも、ここまで脈々と繋いできたものです。やってやろう、という気持ちで後を継ぎました」(東氏)
杜氏の吉牟田敏光氏は、井手酒造で40年にわたりキャリアを積んできた。2023年から杜氏の座に就き、その年に醸した酒が福岡国税局鑑評会で金賞を受賞。その技術の高さがうかがえる。
さらに驚くべきは、井手酒造の蔵人は全員が茶農家でもあるということだ。
春から秋にかけては農家としてお茶を栽培し、冬になると酒造りに専念する。吉牟田氏は日本酒だけでなく、お茶の製造でも賞をさらう技術の持ち主だ。
「片手間」ではなくどちらも本気で取り組み、徹底的に技術にこだわり、追求する。そんな吉牟田氏の職人気質が、ハイレベルな「二毛作」を可能にしているのだろう。
「酒造りで一番神経を使うのは温度管理です。」そう語る吉牟田氏は毎年、酒造りが佳境となる12月から2月、蔵に泊まり込み、毎晩9時と深夜2時、酒の温度管理のため蔵を巡回する。適温でなければ、たとえ凍える真夜中であっても、タンクの外側にせっせと氷を入れる。
また、良い酒をつくるためには良い「麹」が、良い麹をつくるためには良い「蒸米」が欠かせない。米の吸水率が均一になるよう、洗米・浸水時の水温や時間の調節には神経を尖らせる。適切な浸水時間は毎年の米の状態によって変わるため、微調整に次ぐ微調整を重ねる。
この間、蔵人たちは緊迫した面持ちで、時計を睨みながら作業に取り組む。井手酒造の酒造りへの強いこだわりが感じられるひとときである。
繊細な注意力と献身性が要求される酒造りの世界。「大変ですね」と思わず感想を漏らすも、「それが仕事ですから」とさらりと応じる吉牟田氏はなんとも職人らしく頼もしい。
生産量は年間でタンク9本、一升瓶にしてわずか1.4万本ほど。井手酒造のこだわりが詰まった自慢の日本酒は、佐賀以外の地ではなかなか手に入らない稀少な代物である。
最も緊張が走るのは、完成した酒を絞る瞬間だ。この時初めて、酒の味わい、甘みとアルコールのバランス、全体の完成度が明らかになる。吉牟田氏が目指すのは、料理に調和するスッキリとした味わいのお酒。「飲んだ人に美味しいと言ってもらえることが最高の喜びですね」と吉牟田氏は語る。
蔵人は杜氏を含めて5名。吉牟田杜氏のモットーは、蔵人たちと活発にコミュニケーションを取りながら、チームワークを大事に醸すこと。
細部に強くこだわりながらも、快活なコミュニケーションを心がけ、絆の強さを感じる雰囲気から生まれる酒は、きっと飲む人々にも幸せを届け、楽しく軽やかな気分にさせてくれることだろう。
世界に挑む。新たな個性も模索する。それでも原点は「地元から愛される」こと。
伝統を重んじながら、新たな挑戦にも積極的な井手酒造は2024年、吉牟田氏を中心として、さまざまな新商品の開発に取り組んでいく。
「伝統を受け継ぎつつも、新しいことにもどんどんチャレンジして、個性を出していけたら。」(吉牟田氏)
たとえば酒米「さがの華」に生酵母「佐賀はがくれ酵母SAWA-1」を掛け合わせた日本酒の醸造や、佐賀県産の苺「さがほのか」の花酵母の活用などに挑戦する予定だ。
さらに、茶農家の顔もあわせ持つ井手酒造ならではの取り組みとして、将来的には茶の花酵母の開発と、それを使った日本酒造りにも意欲をみせる。土地と蔵の伝統はしっかりと受け継ぎつつも、新たな風味の開拓と個性の追求を怠らない。
代表の東氏は、看板銘柄「虎の児」の海外進出に大きな期待を寄せる。
「海外の方がどんな感じで虎の児を受け入れてくれるのか、ワクワクしています。ただ、地元の方にも一層愛されるお酒であり続けたい、という気持ちを忘れることはありません」(東氏)
時代が変わっても、舞台を世界に広げても、井手酒造の原点は「地元から愛される酒造り」。
匠のこだわりと地元愛が詰まった井手酒造の酒は虎のように世界を駆け抜け、きっと多くの人々から長く深く愛される存在になるだろう。