
良い酒を造るには、良い米を作ること
創業から揺るがない農醸一貫のこだわり
米作りから醸造、瓶詰めに至るまで、創業当時から一貫して生産を行っている久世酒造店。日本酒の蔵では珍しいドメーヌが代々掲げてきたのは、伝統と革新を調和させた”未来”への酒造りだった。
交易の中継地として栄えた宿場町・津幡
古くから歴史の表舞台に登場し、加賀・能登・越中の三国を結ぶ交通の要衝として栄えた石川県津幡町。人や馬が行き交う宿場町としてにぎわい、様々な土地の風習や民俗が交錯する中で、独自の文化を育んできた。

上皇の側近に仕え、身辺の警備や供奉にあたった”北面武士”をルーツに持つ久世家。江戸時代には廻船問屋を営み、代々庄屋を務めた由緒正しき家系である。1786年、分家した初代嘉左ヱ門によって蔵が建てられ、米を作ったのが酒蔵としての始まり。以来、200年以上にわたって自らの手で米を育て、酒を醸し続けてきた。
久世酒造店がある”おたや商店街”は、宿場町だった時代に最も栄えた場所。旧北陸道に沿って流れる川の向こうには茶屋や木賃宿、馬屋などが建ち並び、蔵のあるエリアには本陣や旅籠、商家などが軒を連ねていた。本陣とは大名や役人など身分の高い者だけが泊まることを許される建物のこと。この本陣は加賀藩を治める前田家の定宿でもあり、代表銘柄の”長生舞”は当時の殿様が「長く生きて歓び、その徳を讃えて舞う」との願いを込め、命名したものだと伝えられている。

蔵の軒先に吊るされた巨大な杉玉(※)が、歴史の深さを物語る久世酒造店。全国新酒鑑評会で幾度となく賞を獲得してきた長生舞、そしてコクとキレのある味わいが印象的な”能登路”がこの蔵の二枚看板だ。また、長期熟成した古酒にも定評があり、定番の3年物から30年物まで、室温が一定に保たれた蔵の奥でゆるやかに熟成を進めたその味わいは、まろやかで優しさに溢れていると愛好家たちも高く評価する。数々の人気マンガを生み出してきた巨匠・松本零士氏の作品「戦国のアルカディア」とコラボした日本酒が、世界中で注目を集めたのも記憶に新しい。
※杉の葉を集めて球体にした造形物。軒先に緑の杉玉を吊すことで、新酒が出来たことを知らせる役割を果たしている。

目指す酒質によって米と水を使い分ける
自社田で丹精したオリジナルの酒米と、性質の異なる2種類の水を原料にした酒造りが最大の特長。創業から自社酒米で酒造りを続ける蔵は、全国1,600ヶ所ある日本酒蔵のどこを探しても見当たらず、天然の硬水と軟水を工程によって使い分ける蔵も数える程度だ。全国の酒蔵が理想とする本物のテロワールがここにある。
「良い酒を造るには、良い米を作ること」と話すのは、2019年から蔵元を務める9代目の久世嘉宏氏。大学卒業後しばらくは東京の企業に勤めていたが、家業を継ぐため地元石川に帰郷した。代々伝わる酒造りに心血を注ぐ一方で、地元の食文化を活性化させるため海老専門バルをプロデュースするなど、その活動は多岐にわたる。

久世家が代々栽培する酒米は”長生米”と呼ばれ、粒が大きく心白がしっかりとし、味が乗りやすいことから酒造りに適した米だと評価されている。その一方で、他の酒米と比べると柔らかく、水に溶け出しやすい特徴を持つため醸造するには相当の技術が必要となる。他にはない唯一無二の味わいとなるのもそのためだ。
現代においても品種改良を重ねながら大切に育てられている長生米だが、それ以外にも”石川門”や”五百万石”など地元石川で作られた酒造好適米が使われている。また、大吟醸には酒米の最高峰として知られる山田錦を使用し、品の良い香りと旨味の豊かな酒が仕込まれる。自社米だけにこだわらず、目指す酒質に合った酒米を厳選する柔軟さも、良酒を醸すためには必要なのだ。

仕込み水は、蔵の敷地内で汲み上げる硬度の高い井戸水と、蔵から700mほど離れた場所に湧き出る硬度の低い清水(しょうず)を使い分ける。この湧水は創業時から使われていたもので、寒さが厳しい冬の朝に威勢の良い蔵人が素足で片肌を脱ぎ、隊を組んで水を酒蔵まで運び入れたとの逸話も伝わる。
「昔から、硬水で造られた日本酒は”男酒”と呼ばれ、軟水で造られた日本酒は”女酒”と呼ばれてきました。男酒はコシのある引き締まった味わいで、女酒は柔らかく穏やかな味わいという特徴があります。私たちの蔵ではこのふたつの水を酒質に合わせて配合したり、仕込みの工程で使い分けたりしています。同じ酒米で異なる水を使った日本酒もあり、素材が与える味わいの違いが楽しめます」(久世氏)。
軟水で仕込んだ長世舞はふくよかで、硬水で仕込んだ能登路はキレ味がある。どちらもアルコール度数は同じ。水の特性でこれほどまでに味が変わるとは、日本酒は本当に奥が深い。

久世酒造店の酒造りは能登杜氏の技が受け継がれている。日本全国に腕利きの杜氏集団は数多くあるが、石川県の能登地方をルーツとする能登杜氏は、味の濃い酒質を特徴とする日本有数の名工とも言われる存在。久世酒造店はそんな能登杜氏一家と二人三脚で酒造りを続けてきた。

飲む人の長生きを願い、心を込めて酒を醸す
久世氏の計らいで蔵を案内してもらうことになった。季節は3月下旬。酒造りも終盤を迎えた蔵の片隅にはこれから出荷されるであろう瓶が並べられ、蔵人たちがラベルを一枚ずつ手張りしている。米作りから醸造、瓶詰めに至るまで、創業当時から一貫生産を行っているドメーヌの日常的な光景だ。
蔵の奥には原酒を貯蔵するタンクが並ぶ。春の陽気とは裏腹にひんやりと肌寒い。土蔵造りのため、内部の温度が外気温に左右されず一定に保たれているからだ。温度管理こそ酒造りの肝。とくに大吟醸にいたっては酵母が生み出す吟醸香の質に大きく関わるため、久世酒造店では大吟醸を中心に醸造のスケジュールを組み立てているという。雪が降りしきる1〜2月の厳寒期が大吟醸の仕込みの最盛期だ。

「かつてこの界隈には何軒もの酒蔵がありました。それが時代の変化と共にどんどん減っていき、今では私たちの蔵だけが酒造りを続けています。それを叶えているのは代々大切にしてきた挑戦する心。受け継がれてきた歴史をただ引き継ぐのではなく、創意工夫を凝らして酒造りに挑んできた姿勢が、現代に繋がっているのだと思います。日本酒を飲んだ方が自然と笑顔になり、穏やかな気持ちになるのが私たちの喜び。これからも未来を見据えながら、酒米や商品の改良、新商品の開発など、新たな挑戦を模索していくつもりです」(久世氏)
酒造りの神様に祈りを捧げる久世氏の頭の中には、次なる挑戦のアイデアが秘められているのかもしれない。
