地元と仲間と切磋琢磨し、日本酒文化を広める使命
新しいものを取り入れながら、伝統を守り伝える酒蔵
一つひとつは小さな取り組みでも、周りを巻き込み大きな結果をもたらしている宇都宮酒造。「たとえ小さな盃の中の酒でも、造る人の心がこもっているならば味わいは無限です」同社のモットーは、酒造りだけではなく、すべてのものに繋がっている。
将来を見据えた地方都市宇都宮に残る古き伝統産業
東京から約130㎞北にある宇都宮。宇都宮市は日本の首都圏に属する関東地方北部にある栃木県の中心地だ。
宇都宮は2023年8月、75年ぶりに国内で新たに路面電車(LRT)を開業させたとして話題をさらった。LRTとは「Light Rail Transit(ライト・レール・トランジット)」の略称で、次世代型路面電車システムのことである。環境に配慮され、世界各国の都市で運行されるLRTを開通するなど、地方都市として将来を見据える宇都宮だが、古き伝統を守る産業があるのも忘れてはならない。
宇都宮の中心部から少し離れたところを流れる鬼怒川。その鬼怒川の近くにひっそりと佇む歴史ある建物。外観に施された細かい格子が印象的で、軒には酒蔵の象徴ともいえる杉玉が飾られている。1871年に創業し、152年続く宇都宮酒造だ。
宇都宮酒造は「まごころ一献。酒は造る者の姿勢が現れる」を信条とし、堅く守り継いできた。謙虚な気持ちで日本酒造りの技を継承し、蔵人の心意気で旨い酒を造る。
真摯に酒造りに向き合い造り続けてきた宇都宮酒造の日本酒は、平成3年から平成16年の間、日本航空国際線ファーストクラス搭載酒に採用。また、国内外のコンテストでも高い評価を得ている。それらは、日本酒の良さを多くの人に知ってもらいたいと思う蔵人の心意気が届いた結果だろう。
「うちで造る『四季桜』は父が有名にしました。これからも昔ながらの味を残しつつ、父の味も残しつつ、私の色も入れて、より良いお酒に仕上げたいですね」と語るのは専務取締役でCTOの今井昌平氏。今井氏は南部杜氏と下野杜氏の資格を持ち、麹造りのスペシャリストとして栃木県知事から認定されるとちぎマイスター(酒造)だ。
酒造(清酒製造作業)のとちぎマイスターに認定されているのは2名しかおらず、優れた技能の維持・継承に貢献している。高校生とのコラボレーションでは、酒米を栽培してもらい、その酒米で酒を造るなど、次世代に伝統文化への関心を持ってもらう取り組みなどを積極的におこなっている。
すべて栃木県産の素材で造る『四季桜 とちぎの星純米酒』、酒米の栽培・ラベルデザイン・味などすべて女性が手掛けた『ARUSHIROI(アルシロイ)』、他にも地元宇都宮のキャラクターとコラボレーションした酒など、地産地消や地元の企画に積極的に参加する。「遊び心があるものは面白くて好きですね。お話をいただければ可能なものは参加します。地元に支えられている酒造りなので、地産地消などは積極的に取り入れさせていただきます」(今井氏)。
互いに助け合いながら、地元と共に歩む酒造り
宇都宮酒造の仕込み水は、蔵の中にある井戸水を昔から使用。地下12mからこんこんと湧き出るその水は、栃木県の北西にある日光連山の雪解け水が鬼怒川を流れ、その伏流水が井戸水となる。水質はミネラルを感じる軟らかすぎない軟水だ。
酒米は地元の農家が宇都宮酒造の酒のために作る。「私の父の友人達なんですけど、柳田酒米研究会を立ち上げて、もう29年ですかね。父の熱い想いを受け継いでやってもらっています」(同)。栃木県で酒米を作る集団では右に出る者はいないと今井氏は胸を張る。まさに地元と共に歩んできた酒造りだ。
地元と共にある宇都宮酒造が造る酒の主力は、どこの家庭にもあるような普通酒。手ごろな価格で地元の人に愛されるからこその『四季桜』だという。大吟醸に代表する高級酒の造りを普通酒に応用して、旨い『四季桜』を提供している。
そんな『四季桜』の味わいは、口の中に入れると第一印象に水の甘みがふわっと広がる。次に米の旨さが広がり、最終的にキリっと切れのいい辛口の酒。「甘く感じさせて、辛口に造るというのが先代からの教えです。それを守って造っています」(同)。難しい味わいを体現する技術の高さはさすがだ。
女性が手掛けた『ARUSHIROI(アルシロイ)』は、酸が少し立っていてヨーロッパの特に女性に好まれる味になっている。
酒造りの伝統を守る宇都宮酒造だが、近代化を図れる部分は積極的に機械化している。杜氏や蔵人の手で守るべき所はしっかりと守り、人の負担を軽減できる部分は機械化することで、たくさんの方に宇都宮酒造の酒を愉しんでもらえるのだ。
他に宇都宮酒造がこだわっているのは衛生管理と品質管理。人の口に入るものだから、衛生面での安全には気を配る。酒造りの現場はもちろん、瓶詰後で出荷前の酒の保管にも注意している。設備投資がしっかりとなされ、敷地内には大きな冷蔵・冷凍施設があり完成した酒が出荷を待つ。
流通にも気を配り、フェイスtoフェイスを大切にした取引をしている。昔から信頼のおける方や顔が見える方に任せることで、出荷後に品質が劣化しない環境を整えているのだ。消費者が安心して安全な酒を呑めるように今井氏は尽力する。
日本酒文化を広めて酒造りの活性化を図る
LRTの開通のおかげか、酒蔵へ足を運ぶ観光客が増えているという。
事前予約があれば酒蔵の見学を受け付け、酒造りに触れ日本酒を知ってもらっている。
酒造りの過程で出来る酒粕は地元の郷土料理に使われる。酒造りが始まると、待ってましたとばかりに酒粕を買いに人々が訪れる程の人気だ。
その酒粕は栃木を代表するフランス料理の音羽シェフがアイスクリームに使用、外交官に振舞いフランスの女性達に絶賛された。誰でも手に入る手ごろな酒粕が、地元のみならず世界で評価されている。
「海外に日本酒文化を広めていきたいです。日本酒の良いところがたくさんあります。お燗などの呑み方なども知ってもらいたい」(同)様々な切り口で、地道に日本酒を広めていく。
下野杜氏の立ち上げに携わり、情報を共有しながら栃木の酒造り、ひいては全国の酒造りが底上げされてより良いものになると期待する今井氏。
東京農業大学で同じ酒造りを目指す同期や先輩・後輩に出会い、刺激されたことで酒蔵に生まれてよかったと話す。
地元に愛される酒だから、地元のために。そして、地元の方達に協力してもらい、一緒に。『四季桜』と共に、栃木県の良さもPRしていく。今井氏の取り組みが自分達だけのためでなく、地元の活性や栃木県の知名度向上のすべてに繋がっているのだ。